■2004−2−2
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     ☆★☆ 新狛犬通信 ☆★☆【013】
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いくらPCがADSLに繋がっても家に帰らなければ全く意味ないやん、
ということに気づいた2004年睦月末の今日この頃。
と書いているうちに如月に突入。
幻でかまわなくない。時間よ止まれ。

ところで、
♪せーんきゅうひゃくきゅうじゅうねーん 娘はにじゅういち
 おんなの季節をー 迎えることだろう

という歌詩で始まる曲をみなさんご存知でしょうか?
昭和歌謡界屈指の美声・菅原洋一の「1990年」。多分本人作詞。
これを聴くと僕は気色悪くなって鳥肌が立つのです。
その歌が先週から僕の頭から離れてくれません。ぐるぐるぐるぐる。
一体何故だろうと考えるまでもなく、思い当たるふしがあるのです。

僕が生まれて初めてコンサートに行ったのは小学校低学年頃のこと。
それは父親が勤めていた新日本製鐵広畑製鉄所の社員&ファミリー
向けに企画されたと思われる「菅原洋一&伊東ゆかりショー」でした。
蚊取り線香の匂いが立ち込める体育館にシートとパイプ椅子だけの
会場は、幼い僕がイメージしていた”コンサート”の響きとはまるでかけ
離れていたけれど、それでも生まれて最初に体験したものというのは、
後の人生に微妙な影響を与へるものなのですね。
そこでクライマックスに菅原洋一が歌っていたのがこの「1990年」。
1990年になったら、今は幼いこの娘も年頃になって結婚したりなんか
してるのであろうなぁ、ららららぁ〜、という内容を豚まんマン(菅原氏)
が甘く切なく歌い上げてはりました。
すると会場のあちこちからすすり泣きの声が・・・どうして?
1970年代真っ盛りな時代に1990年なんて、鉄腕アトムの未来都市
くらい遠い世界だったし、それと娘の21歳が結びつきませんんでした。
やがてその娘と僕は同い年ということに気づいたとたんに心の中で
当事者性が生まれ、恥ずかしさがビックバン。
いやや、こんなの聞きたくない、もう帰ろうよ、あっち行けシッシッ。
もし自分の父親がこんなことを僕に対して思いを馳せてしみじみされては
かなわん。やめてくれ、蹴飛ばすぞぉ。
しかし会場のすすり泣きは共感の海となり、泳げない僕はおぼれて窒息。
・・・だからその後どうやって帰ったのかとか記憶がないのです。
それにしてもこの娘さんの不憫なこと。なまじ歌い手を父に持ったばかりに、
こんなことを人前にさらされて、恨みがましい青春時代を送ったであろうきっと。
後年(それこそ1990年ごろ)、それは父性愛に対しての嫌悪感なのだという
ことと自己分析しました。

そんな過ぎ去った昔を鮮やかに蘇らせてくれたのは、普段離れて暮らしている
息子(マキマルゾウ・5歳・H保育所パンダ組所属)と先週一緒に過ごして
いたからなのです。
今のところ彼が父性愛に対して嫌悪感を抱いていないことをいいことに、
僕はすかさず「1990年」気分でしみじみさせてもらいました。
親から暴力を受けた子どもは、親になるとまたその子どもに暴力を振るう
ようになると言うけれど。
許せ息子よ。いつか「きしょい(気色悪いという意味の大阪スラング)」と言って
蹴飛ばしてくれてかまわない。
というわけで、息子と過ごしたあれこれを書かずに、菅原洋一ムードでお茶を
濁してみたのでございます。

ところで、もう一人の伊東ゆかりといえばイントロで一段と大きな拍手をもらって
いた「小指の思い出」という曲が一番印象に残りました。

♪あなたが噛んだ 小指が痛い
 あの日の夜の 小指がいーたーいー

なんで”あなた”はこのおばさんの小指なんて噛むん?
しかもそんなことをなんでわざわざ人前に出て歌にして歌うん?
幼い心に多くのクエスチョンを与へた不思議な曲。
ちなみに当時僕は女性の小指というと”鼻くそほじる指”という認識でした。
ということで今年に入ってから急に僕の恐怖心を煽る「鼻くそ問題」については
また次号にいたします。